生活経済ジャーナリストあんびるの  「あんびる〜ばぼ〜日記」

大学3年生と高校2年生のママの日常は アンビリーバボーなことばかり! 「子供のお金教育を考える会」代表のあんびるが感じた ちょっと驚きの日常を気ままにご紹介します…。

3

日曜日、新聞に目を通していたら
あの日野原先生のコラムが目に
飛び込んできた。
日野原先生は、うちの子どもたち2人が
生まれた病院の院長先生。
そんなご縁もあり、
なんとなく親近感を抱いて
一時は先生の著作物のストーカー…
じゃない、追っかけ(?)が
趣味でもあった私。
いくら忙しかったとはいえ、
この新聞の連載を知らなかったとは…不覚じゃ!

その日野原先生いわく年150回もの
講演をされているのだとか。
いくら日野原先生とはいえ
1年は私と同じ365日だろうと推測されるから
2日〜3日に1回ご講演されている計算になる。
先生の御年は、実に私の2倍以上で
いらっしゃるのだから
まさに驚異的な体力。
私なんて1回講演するたびに
やれ腰が痛い、頭が痛い、
いや痛いのは胸だ…と大騒ぎだというのに。

でも日野原先生のすごいところは、
それだけではない。
毎回の講演で最新の情報を取り入れる
努力をされているという。
私も一応「ジャーナリスト」なんて
名乗ってしまったがゆえに、
講演会でも原稿でも、データや論文
といった情報は最新のものにするべく
心を砕いている。
が、これが大変なのである。
いつも講演の日が迫ってくると、
「アー、確か新しい調査が出ていた」
(もう一回調べなきゃ)
「ん? そいうえばあの論文を
紹介したいんだけど、どこにいった?」
(探さなきゃー)
「そうそう、この前の取材でおもしろいことが
あったっけ」
(どこじゃ、取材メモは…)
なんて、まさにサザエさん状態。
2〜3日に1回の講演なんてしたら
私のようなサザエさん頭では、
それこそ財布さえもっていくのを
忘れてしまうだろう。

しかしそこは日野原先生。
新聞記事や論文をチェックされて
データベースを作っていらっしゃるのだそう。
そうかあ…。
データのありかを忘れるのも年齢のせい、
整理できないのも年齢のせい、
講演前にあわてるのも年齢のせい…
そんな風に年齢を言い訳にしてきた自分が
恥ずかしい。
日野原先生は、年齢からして
私2人分の物忘れと、
腰痛を抱えていらっしゃる
はずなのだ…。

そこで今日は、心をいれかえて、
データベース作りにいそしんでみた。
でも、パソコンだけで管理するのは
なんとも心細い。
パソコンの中で、どこに置いたか
分からなくなりそうである。
そこで、スクラップとメモ帳で管理する方法に
してみた。
ちょっとみたところ、
ただの雑記帳か、いいところ「ネタ帳」である。
とてもデータベースなんて呼べない。
でも、まあ、いいか。
アナログで。
だってさぁ、私、もう年なんだからさっ!

4

娘の幼稚園のお弁当が始まって
朝は慌ただしくなるものの
昼間はずっと私だけの時間〜。
これでやっとまともに仕事ができるというもの。
やったー!

昨日は幼稚園に送り届けるや否や
帰りのバスの中からさっそく
落ち着いて読みたかった論文を、
じっくり、ねっとり読みましたよ〜。
家についても、朝食の食器も洗わずに
布団だってあげずに
洗濯だって、もちろんそのまま!
子どもがいない時間は、
子どもがいてもできることは、
一切するべからず!!

そして論文を読み続け
ふと気がつくと、もう日本語の論文4本
英語の論文(相当テキトーに…苦笑)1本
熟読しておりました。
時計を見ると午後2時ずぎ。
お昼ごはんを忘れていた…と
「卵かけごはん」を食して午後2時30分。
お迎えに向かうまで、あと30分もあるじゃない!
買ったまま放置していた現代経済学の本に
とりかかる。
午後3時。バス停に急ぐ。
普段なら30分でつく道がなぜか渋滞で
約40分。この間も本を読み続けましたよ〜。
そしたら、あとバス停2個というところで
急に吐き気が…。
そういえば頭も、
ずっとズキズキしていた…。
乗り物酔いなんかしたことない
鈍感な三半規管が自慢だったのに…。
まずい! 気持ち悪い!! 
結局途中下車をして、お迎えには30分の大遅刻。
娘は涙目で待っているし、
私の吐き気はおさまらないし…。
楽しいはずの園帰りも
母娘で仏頂顔…。

昨日の一連の出来事を通して、
考察したことがあります。
「仕事に必要なエネルギーは
時間に関係なく一定である」といこと。
つまりこういうことです。
普段3時間かかる仕事を、1時間でこなしたとします。
すると、そのとき消費したエネルギーは、
1時間分のエネルギーではなく
3時間分のエネルギーであるということ。
だから1時間でこなしたとしても、
十分に疲れていて、そのリカバリーに
節約したはずの2時間を費やさなければ
ならなかったりするというわけです。
結局私は、本来冬休みの7日をかけて
するはずだった論文5本と本を読むという
多大なエネルギーを必要とする作業を、
たったの1日でしたために
リカバリーにあと6日は必要になりそうです。
事実、今日もまだ目の奥が痛いし
頭もくらくらするし…。
あんびる、本日より冬休みをとらせて
いただくやもしれません。
あしからず…。


5

…というわけで、
新年あけましておめでとうございます!
(あんびる暦です…前日ブログ参照)

いやぁ、年明けは身が引き締まります。
今日は、朝6時30分に起床と私としては
異例の早起きをしてしまいました。
家族そろって笑顔で朝食を…のつもりが。
リズムの取り戻せない息子と
今日から幼稚園が始まる娘に振りまわされ
朝から「早く起きなさい!」
「宿題は終わっているでしょうね?」
「もう食べ終わったの?」
…ととげとげしい声の連続。
そういえばママ友(小児精神科医)に
教えてもらったっけ。
「早く」はダメよって。
一年の計は…またしても台無しじゃ!

子どもたちを送り出してから
年末に友人からもらった「親の祈り」が
書かれた紙をバッグから出して目を通しました。
この1年、こんな気持ちをこめて
親として成長していきたいと思います。
毎日自分に鉄拳なんて、いやだもんなぁ。

「親の祈り」
神様 もっとよい私にしてください。
子どものいうことをよく聞いてやり
心の疑問に親切に答え
子どもをよく理解する私にしてください。
理由なく子どもの心を傷つけることの
ないようにお助けください。
子どもの失敗を笑ったりせず
子どもの小さい間違いには目を閉じて
よいところを見せてください。
よいところを心からほめてやり
伸ばしてやることができますように。
大人の判断や習慣で子どもを
しばることのないように
子どもが自分で判断し
正しく行動していけるよう
導く知恵をお与えください。
感情的に叱るのではなく
正しく注意してあげられますように。
道理にかなった希望は
できるだけかなえてやり
彼らのためにならないことは
やめさせることができますように。
どうぞ意地悪な気持ちを取り去ってください。
不平を言わないように助けてください。
こちらが間違ったときには
きちんと謝る勇気を与えてください。
いつも穏やかな広いこころをお与えください。
子どもと一緒に成長させてください。
子どもが心から私を尊敬し
敬うことができるよう
子どもの愛と信頼に
ふさわしいものとしてください。
子どもも私も神様に生かされ
愛されていることを知り
他の人々の祝福となることができますように。


5

あけすぎまして、おめでとうございます!
いやー新年、もう10日以上たってしまいました。
年末からこの間、我が家では娘→息子→娘…と
風邪のキャッチボールが行われていました。
高熱と、おまけにお腹に来る風邪だったもので
夜中にもお医者さんに30分〜1時間おきに
ソリタを飲ませるようにいわれ、
母、ぼろぼろでした。
おかげで5日の熊本での講演会にあわせて
実家に帰り、子どもたちを預けて、
のんびり…というプランもおじゃん!
2006年、冒頭から計画倒れでございます。

ところで新年の抱負。
今年は、やっぱり取材を増やしたいなあ、と。
でも1〜3月は例年になく講演会が多く、
資料の作成さえ追いつかない状態…。
いつもなら新年度にむけて
講演のスタイルをまるごととり代える作業にとりかかる
期間なのだけど、押してしまうだろうなあ。
この作業が優先だから、取材に没頭できるのは
いつの日のことやら。
1年の計は元旦にありというけれど、
このまま計画倒れな1年なんて、まっぴらごめん。
ちと早いが気分をリセットするために…
あんびる暦では、明日を元日とさせていただこうと
思います。では、みなさん、よいお年を〜。

5

クリスマスが終わって、街中はすっかりお正月。
我が家だけはまだツリーがあって、
クリスマス気分が続いております(笑)。

今年は、娘がキリスト教の幼稚園で
迎えた最初のクリスマス。
25日には、クリスマス礼拝に参加しました。
園長先生のお話は「与える愛」。
そういえば、今の子ども達は
ひたすら「与えられる」ことが多いものです。
クリスマスプレゼントはもちろん、
身の回りの支度さえも親にしてもらい
「与えられる」側。
塾などの教育環境も整えてもらい
「与えられる」。
「与える」はずの
家族としてのお手伝いも
お小遣いがもらえないとしない始末です。

我が家ではクリスマスに
“親の願い”をこめた本を子どもたちに送るのが
恒例になっていますが、今年選んだ本は
息子に野口英世の伝記、
娘には「てんしのはな」(サンパウロ刊)
という絵本でした。
「てんしのはな」は、目が見えなくなった少女が
「与える愛」に気付くことによって
再生していく物語です。
くしくも園長先生と同じ「与える愛」が
今回の子どもたちへの“親の願い”でした。

大学時代、学校が休みの日に
家の近くでバイトでも…と思って
近所の塾の講師に応募したところ
「大学生であるキミは、地域の財産なのだから
ぜひ地域に還元して欲しい」といわれました。
意外な言葉でした。
今の大学生と同じように
「自己評価の低い私でしたから
「財産」だなんて…驚きでした。
自分に「与えるもの」があるという気付きは、
大きな自信と、それからひいては
職業観も育てていくのではないでしょうか。
クリスマスに「与える愛」について考えることは
今の時代、とても大きな収穫を
もたらしてくれるような気がするのです。

4

クリスマスを前に、
いろいろ子ども関係の行事が目白押し。
校正やら入稿やらといった
締め切りが直近の仕事はともかく
それ以外はどうも先送りの日々。
仕事しなくちゃー、とは思うものの
まあ、今年一年、よく働いたし
最後の一ヶ月は、大好きな家族と共に
過ごせるようにとの神様からの
贈り物かも知れないと
腹をくくった次第です。

で、家族のとの時間の中で
ヒートアップしているのが
息子との対決。
といっても力ずくでの対決ではなく
脳力プリントでの対決なのです。
久しぶりに立ち寄った書店で
驚いたのが、子ども・大人問わない
「脳力ブーム」。
雇用が不安定な世相と、
高齢化社会を健康に生きるといった
全日本人共通のテーマを反映してか、
この手のドリルだの、ノウハウ本がたくさん
用意されているのです。
さっそく、その中から楽しげなものを
一冊ゲット。
コピーして、息子と対決しています。
相手は所詮小2とあなどっていたら、
なんと、ある分野に入ったとたん
私は完敗するはめに!
あーあ、あの激痛の出産からはや8年。
もはやその子に負ける日が来たわけです。
それはそれはショック…。
くやしいけれど、
でもどこかうれしいような…。
複雑な気分。
あと2〜3年で身長も抜かれて
毎日、「負け」を実感させられるんだろうな。

息子はすっかり気をよくして
その後、毎日戦いを挑んでくる。
おかげで私の脳はすっかり若返り。
アレガネーゼから脱却しつつあります。
私だってまだまだ。
年内で脳をリフレッシュして
新年、またがんばるどー!

5

仕事も年内残すところ
雑誌の校正と入稿3本のみ。
昨日はゆったり気分で、
東京都美術館で開催されている
「プーシキン美術館展」を
家族で見に行ってきました。
実は島根県に講演にうかがったとき、
出来たばかりの「グラントワ」という美術館を
ご案内いただき、とても感動したので
子どもにも、ぜひ「本物」を見せてあげたい
と機会をうかがっていたのです。

といっても私自身も、
そしてスーパー編集長である夫も
美術に造詣が深いわけではなく…。
私なんぞは、お恥ずかしながら大学の卒業旅行で
初めて美術館を訪れたわけで。
人生最初に訪れた美術館がウフィッイ美術館。
2番目がルーブルで、3番目がプラド美術館…。
なんだかすごいんだか、すごくないんだか…(笑)。

そんな私ですから、美術館が我が家の徒歩圏内に
あるにもかかわらず、家族でこれまで
行ったこともなかったわけです。
今回は、子どもたちにはすごく
特別なことをしている!という気持ちで
行ったのですが。
会場には子供がたくさん。
それに子供用のイヤホンまで用意されていて
解説を聞くことができ、驚きです。
時代は変わったなあ、なんて感動しつつも、
親たるもの、
解説イヤホンにお任せでなく
なんかカッコイイことを言わなければ…と、
モネの絵を前に「ほら、モネって
光のとらえ方がすごいでしょ」
なんて口走ってみた。
すると息子が
「ママすごい。今、イヤホンで
そのこと言っていたよ。
なんでわかるの?」と尊敬のまなざし。
そのままにしておけばいいものを、
私は正直すぎた。
「だって、美術の時間に
先生がそういっていたもん」。
前で私たちの会話を聞いていたご婦人が
クスリと笑い…。
はあ。人間背伸びをするものではありません…。

でも感動しましたよ。
まだまだ心は動きましたよ。本当に。
気の利いた言葉にはならなかったけど。
間もなく同展覧会は東京を離れ、
大阪に行くそうです。
授業で習った名画揃いですから
オススメです
(って、結局美術の授業から
離れられない…)。

1

このところ子どもたちの安全な日常が
脅かされている。比較的人が多い都心の、
それでいて比較的治安のいいエリアに
住んでいるのだけれど、
習い事の送り迎えをしなくては
心配なこのごろ。
子どもの自立心を妨げては…と思いつつ、
ついつい送り迎えしてしまう…。

我が家の場合、そうした安全のための
コストは、かなり高くついている。
なにしろ子どもの習い事に合わせるから、
仕事も十分にはできない。
その損失も安全のためのコストだし、
時間のないときにはタクシーを
利用せざるを得ない事だってある。
防犯ブザーはもちろん、
娘に買うなるべく肌を露出しない
地味めの洋服も、そうでないものより
割高だったりする。理由は不明だけど。

社会はもっとコストがかかる。
やれ監視カメラだ、街灯だ、
集団登校の付き添いだ!と、
それはそれは大変。

で、問題はこれらのコストを
誰が負担するのかということ。
例えば、環境税というのがあるけれど、
それは環境を脅かす財に対して、
環境を維持・回復するためのコストを
付加しようというものである。
環境税には、2ついいところがあって、
まずひとつは環境を脅かすものを
必要とする人に対して、
責任を取ってくださいよ、と直接
お金を徴収できるところ。
なんとも理にかなっている。
もうひとつは、環境税が付加されて、
買うために必要なお金が多くなると、
そこまで支払ってまでも…と、
買う人が減るという、
抑制効果があるところである。

で、考えてみた。
自然環境を守るための環境税なら、
じゃあ、社会環境を守るための
社会環境税があってもいいじゃないか!
って。
 
それで社会環境を脅かすもの、
そう有害図書や有害ビデオ、
有害サイト…に社会環境税を課して
すごく高くしちゃうのだ! 
個人がインターネット上に有害情報を
公開しても税がかかる。どうだ!

これで監視ビデオも取り付けられるし、
児童の送り迎え専門の人を雇うことも
できるかもしれない。
高額な税を払ってまで有害情報を買う人も
少ないだろうから、抑制効果もある。
完璧だ!

でも…。有害情報が子供たちの安全を、
そして社会環境を脅かしているという
証明が不十分だったりする。
有害情報だけで満足する人もいるのに…
という反論もあるだろう。
行き過ぎれば、言論の自由はおろか、
すべてが有害視されて、
この「鉄拳日記」まで税が課せられて、
そう、まるで星新一か安倍公房が
描きそうな恐怖政治の世界にまで
行きつくかもしれない!
第一、どの程度の有害情報が、
いくらの安全回復のための費用になるのかも、
数値化できるものじゃない。

こう考えると、社会環境の回復は、
自然環境の回復より、ずっと難しいこと
といえるのかもしれない。
そんな貴重な安全という資源を、
今失いつつある…というわけだ。
失ってわかる親と“環境”のありがたみ…。
親としては、子どもに危機管理教育を
するとともに、安全のためのコストを
負担し続けるしかないのかなぁー。
はぁ…(ため息)。
さてと、息子を迎えに行くとするか!

5

講演会ラッシュで毎日ヘロヘロ。
とうとう今月は何本もブログを書けなかった…。
我に鉄拳をー!!

そんな講演会もあと1回を残すのみ。
ちょっとほっとして、気がついたのだけど、
年内に残された宿題が、まだある!
まず一つは、横浜市の中学校の先生からの宿題。
夏休み前にいただいていたのに
未だにご返答できず…反省!
先生、これからやります! 年内には、きっと…。

それから息子の国語問題。
実は、このブログに息子に文章を
書いてもらうことになって
彼の国語力の怪しさが判明。
句読点もままならない感じなのです。
まあ句読点の打ち方は、
うちのスーパー編集長(夫)によると
私も怪しいらしいのだけど…(苦笑)。
息子ときたら「ひとふさの、ぶどうだった。」
なんて平気で書くし、読解力も怪しいことが判明。
ママ先生がなんとか頑張って
年内には、ちょっとましな国語力を
身につけさせたいものです。はあ。
大学時代は、バブルだったせいもあって
家庭教師の時給は3000円だったのに…。
今やタダの上に、息子にふくれられる始末。
私の商品価値も下がったものです…。

気を取り直して…。
今日は、一つ目の宿題のために
政府刊行物センターに行ってきました。
ここは新入社員時代からの私のお気に入りの場所。
インターネットがなかった当時
よくネタ探しを口実に、
リフレッシュしに来たものです。
だって面白い本がいっぱい!!
今日は、一つ目の宿題のために
学習指導要領の解説を購入。
そして、やっぱり今回も見つけてしまった
おもしろ本!
それは「子ども科学技術白書」と
「マンガで見る環境白書」。
マンガになっていて、
ナノテクだのDNAだのといった
難しいことも分かりやすく解説されているのです。
さすがというべきか、
科学技術白書のほうはCDーROMつき!
息子へのお土産(娘はまだ字が読めない…)に
さっそく購入。
案の定、学校から帰って、今
猛烈な勢いで読みふけっている…。

…ん? 待てよ。
年内は、国語力向上キャンペーン中だったのに
不覚なことにマンガを買ってしまっているぞ!
しかも大量に…。
おかげで学校から借りてきた本(ちゃんとした!)は
脇に放りだされているじゃないか!

母親自ら墓穴を掘り
早くもあやしい二つ目の宿題。
せめて一つ目の宿題だけは…
がんばるどー!



1

 今日は、久しぶりに鉄拳を握り締め、
思いつくままに書いていきたいと思います。
しばしお付き合いを…。
 第3次小泉内閣が発足し、
支持率も好調のうちに「聖域なき改革」が
加速度を増してきました。
そして同時に、その“聖域”が何をさすのか、
だんだん明らかになってきたようです。
 このスローガンが掲げられた当初は、
あたかも“聖域”は、利権がからむ公共事業を
指すのではないかと推測されました。
ところが、実は社会福祉を指しているのだ
ということが、わかってきました。
先日、「障害者自立支援法」が、組閣騒ぎに
まぎれて成立。多くの議員が口にする
「社会保障費は一般会計歳出の約4分の1を
占めており、ここにメスを入れないと
財政赤字は解消しない」という意見は、
一見正論のように聞こえます。
しかしそもそも政治の役割は、何でしょうか?
国民の利害や利益を調整し、すべての国民が
平和のうちに暮らせるようにすることでは
ないのでしょうか。

 娘が統合教育の保育施設に2年間お世話になり、
障害を抱える家族を目の当たりにしました。
お金で解決できないご苦労が多い中で、
お金で解決できる部分は社会が支えなくては、
平和のうちに暮らすことは不可能な場合があります。
社会保障においてその根幹である“分かち合い”の
精神を失っては、日本はますます住みずらい国に
なってしまいます。
 ここのところ講演の機会を多く与えられる
ようになり、一段高い演台に上ると、私より
より多くの重荷を背負い、その分足腰の強くなった
人々が世の中には多くいらっしゃるのに…と、
正直恐縮しきりのところもあります。
が、私自身の出来うることとして、こうした
“分かち合い”の重要性を訴えていくことが
使命なのではないかと、年金制度を初めとする
昨今の社会保障の改悪の様子を見て、
思いを新たにしているところです。
経済は、金儲けのための学問ではありません。
貧困、不平等、不況といった社会問題に対する
経済的処方箋を考える学問なのですから。

 いわゆるニューエコノミーのもとで、
今後社会がますます2分化されていく中で、
政治レベルでも民間レベルでも“分かち合い”が
なされなくなっていったら、
どういう社会になってしまうのか。
考えると怖くなってしまいます。

 せっかく壇に登る機会を与えて
いただいているのだから、経済的なものの
考え方を子どもたちに伝え、“分かち合う”ことの
重要性を認識してもらいたい。
それは、今を生きる人への分かち合いと同時に、
環境を保護することによって未来の人との
分かち合いを考えることでもあります。
 
今行われている改革に話を戻します。
強者のための“聖域”は必要ありません。
法人税も、金持ち優遇の税制にもメスは
いれられるべきです。しかし分かち合いのための
“聖域”は必要です。こうした“聖域”を
認めない構造改革は、
政治による政治の放棄にすぎません。
私たちは、今一度構造改革の中身を、
しっかり見極める必要があるのではないでしょうか。

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