生活経済ジャーナリストあんびるの  「あんびる〜ばぼ〜日記」

大学1年生と中学3年生のママの日常は アンビリーバボーなことばかり! 「子供のお金教育を考える会」代表のあんびるが感じた ちょっと驚きの日常を気ままにご紹介します…。

2007年03月

5

今、教員免許の更新が話題になっているけれど
教育って本当に変わったと
最近、学校を訪れるたびに感じている。
私が免許をとったのは、
なんと18年前も前だものなあ。

特に変わったのは
「新しい学力観」に基づく授業。
ことに総合的な学習の時間の出現。
今までの一斉授業とまったく異なる。
こうした問題解決型の授業をする場合、
ファシリテーターの技法が参考になるので
勉強したりするのだけれど
やはり問題は残る。
一つには、相手が子どもであるということ。
ファシリテーション自体が
もともと大人を相手に開発されたものだから
自由な発想に満ち溢れている子どもの場合、
収拾がつかなくなる可能性が…。
二つ目に、テーマの問題もある。
一つめの問題にも関連するのだけれど、
興味がもてないと、そもそも成立しない。
問題を自ら発見する…ところから
上手にすすめるには、
テーマ設定、難しいぞ。
三つ目は、時間。
本来なら、こうした授業は
ファシリテーターが一方的に導くのではなく
受け手側との相互のやり取りの中から
新たな発見を相互にしていくという
ダイナミズムが魅力であるはずなのだけれど
45分間に収めようと思うと
そのダイナミズムを制御していかざるを得ない。

時代が変わり
求められる能力がかわり
教える内容がかわると
教え方も変わるなあ。
私なんぞは、ゲストで学校に行くので
小手先の「技法」なんていうことに
こだわっていられるけれど、
現場の先生方は大変だ。
こうした表面的なことが起こる裏側の
児童・生徒の変容と
日々格闘していかなくてはいけないのだから
大変だ。
そこに入っていくわけだから、
現場の取り組みを
乱すことだけはしたくないなあ。

教員だった父がよくいっていた。
「ゲストティーチャーはずるい」って。
たまに家にいるときにオモチャを買って
子どもの人気をさらう
おいしいとこどりの
パパに通じるものがある(笑)。

そんなことを考えながら
夫と2人の久しぶりの時間を
昨日過ごしたわけだ。
静かだと、いろいろ思索もできる。
子どももかわいいけれど
大人の時間もいいものだ。


4

今日は、フィールドワークの技法に
関する本を読んだ。
といっても、まだちょっと(´Д`)

取材は「技法」が確立されているわけではなく
むしろ先輩の熟練した技術を盗むという
職人の世界に近いものがある。
だから、こうして「科学的」に提示される
フィールドワークの「技法」は、
とても興味深い。
対象の意味世界を読み解くという
取材が、最近特に、多いからな。

仕事上、読まなくてはいけない本が山積みで
遊びで読みたいと思う本は、なかなか読めない。
松井秀喜の「不動心」も
読みたくて買っておいたら
先に息子が読み終わってしまった。
今、私のそばで息子は
「空想科学読本」を読んで爆笑している。
これも私が読みたかった本なのに…。
あー、ネタ、ばらすなー!

2

ダンボール一杯の積読していた
論文と本と格闘中。

今日は教育学の本を1冊読みました。
うーん、教育哲学の視点で金銭教育を
捉えてみると、見え方が違ってきます。
金銭教育も、キャリア教育も
表面的に消費社会と折り合いをつけるのではなく
社会の流れの中で人として
どう「自立」していくのかという
根源的な問いに答えることを
考えていかないと
いけないことを痛切に感じました。

新しい「教育」を考えることは
常に責任がつきまとうものです。
今、携わっている「教育」を
検証することを怠らず、
そして問い続けようと思います。

今や学校の3分の2で何がしかの形で
教師以外の人間が教壇に立っています。
私も中学・高校の教員免許は持っていますが
幼稚園や小学校の教員免許は持っていません。
それなのに教壇に立っている。
このことの意味と意義と責務を
自分自身に問い続けようとも思います。

今ほど教育が問われている時代は
なかったと思います。
試行錯誤はあるかもしれない。
でも、みんなが真剣に、この時代に適した
教育を考えていることは
よい結果をもたらのではないかとも
思うのです。
高知県に行ったとき、
校長をリタイアされた先生が
おっしゃっていました。
「教育は、トライアンドエラー。
やらないより、やったほうがいいことが多い。
迷わず挑戦して欲しい」
この言葉を支えに
日々、勉強です。



4

最近、春休みになった子どもたちと一緒に
よく本屋さんや図書館に行く。
私の本好きに付き合ってもらって
いるのだけれど、
ここのところ長居するのはむしろ
子どもたち。
なので、時間をもてあました私は
40歳からのファッション誌を
見てみたりする。

「人間は死にむかって成長する」といったのは
確かエリクソンだったが、
40歳以上のファッション誌は、
エリクソン真っ青の成長のなき世界が
展開している。
基本的な構成はこうだ。
「かっこいい」とされる一種のモデル像が登場し
その人を真似よう!という展開で
ブランドファッションが紹介される。
って、これJJやcancamと一緒じゃない!

なめてるよなあ、読者を。
40歳といえば不惑。
外見より内実を求める世代よ。
その内面がにじみでる外見に
小娘に負けない
艶女(アデージョ)の魅力があるのよ。
(…ファッション誌語録から引用(´Д`)

そんなわけで、
読んでいて、かたはらいたし…な
40歳ファッション誌。
40歳版「いきいき」、創刊しちゃうぞ!



3

全国から注目を浴びている
東京都知事選。
東京都にある我が家の回りも、
いよいよ騒がしくなってきました(`・ω・´)

私が記事を書く仕事を始めた頃
ある言葉を用いて記事を書いてしまったために
人を傷つけてしまったことがありました。
思いがいたらなかったことをお詫びすると
すぐに許していただけたのですが、
この体験は今も心にくすぶっています。

もちろん、人を傷つけないように
文章を書くことを仕事とするものとしての
教育は、会社で受けてきました。
それをもって、
それなりの知識や見識を持ち合わせている
気になっていたことが、恥ずかしくなりました。
「ペンは剣より強し」とよく言われますが、
「ペンは剣より怖し」だと思います。
剣は、こちらが傷つけようと思わなければ
人を傷つけることはありませんが、
ペンは、人を傷つけようと思わなくても
人を傷つけてしまうことがある…。

それなのに、凶器としての「ペン」の性質を
重々承知の上で、
傷つけることを目的として
「ペン」(言葉)を用いるなんていうことは
断じて許されてはいけないと思うのです。
作家という、文章を書くことを職業と
したことがある人が
「三国人」「ババア」という言葉を使い
特定の人を意図的に傷つけ、
貶めようとすることを
私は、どうしても許せない。
その言葉を使う人が
いかに有能であっても、です。
それが「品格」というものではないかと思います。

インターネットの普及で
今や、だれしもが「ペン」を持ち
社会に切り込むことが出来るようになりました。
それは良い面もあるでしょう。
でも一方で、言葉を凶器としない
「品格」がことさら必要とされる
世の中でもあるのです。

だからこそ、今回の都知事選は
政治を問う前に
「品格」を問いたい、と思うのです。



5

いや〜もう10年近く会っていなかった
高校時代の友人に会ってきました(*´∀`*)
3年間、クラス替えなしで
青春を過ごしてきたから、
帰省したようなほっとした気分(´ー`)
クラスメートの近況も聞けて
おもしろかった。
40歳にもなると
人生いろいろですね…。
それぞれの場所で、みんなそれぞれ
がんばっていると思うと
私も「草は草なり」に
頑張ろうという気になります。

「取材とか、研究とか、
教材開発で頭がいっぱいで、
会の経営まで頭が回らない!」なんていう
悩みにも銀行員らしいアドバイスを
してもらえたり…。旧友はいいねえ。
頼もしいねえ。

で、数あるアドバイスの一つが
このブログの更新(笑)。
これから、マメにがんばります(;´Д`)



2

最近、自分がつくづく無力だなあと思う。
文明が進歩して、いろいろなことが
人間の思うようにコントロールできて
きたのに、今なお、いろいろな不幸が、
依然としてあちこちにある。
ちゃんと動く体があって、
ある程度の自由もあるというのに
そうした不幸に、私自身
なかなか手を差し伸べることができない。

渋谷に来て、お金を使ってみても
ちっとも楽しく思えない子。
狭いインターネットカフェで
明日仕事が得られるか不安なまま
夜を明かす子。
親のお金でブランド品を買って
「ありがとう」と思えない子。
豊かだという日本にあっても
穴あきチーズみたいに
ポコポコと不幸の穴が空いている。
今私自身にあるモノを
どうにか活用して
この子達が希望のある人生を
送れるようにと思うのに。
無力なんだぁ。

MTVネットワークの調査によると、
「今の状況は幸せですか?」という問いに
「はい」と答えた若者(16歳〜34歳)は、
日本は世界14か国中最下位の、わずか8%。
ブービーのイギリスは21%だから
ぶちぬきの最下位…。
1位のアルゼンチンは、75%が
今、幸せだと思っている。

この閉塞的な状況の中で
何ができるんだろう。
今、できることはすごく少なくて
せめて…の思いでしているのが
「笑顔」でいること。
我が子の前でももちろん、
夫にも、街でも、バスや電車の中でも
いつも「笑顔」。
無力だなあと思う。
でも、せめてもの「笑顔」。
笑顔で「どうぞ」「ありがとう」
「おかえりなさい」「おつかれさまです」
無力の自分に、今、できること…
なのです。



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