このところ子どもたちの安全な日常が
脅かされている。比較的人が多い都心の、
それでいて比較的治安のいいエリアに
住んでいるのだけれど、
習い事の送り迎えをしなくては
心配なこのごろ。
子どもの自立心を妨げては…と思いつつ、
ついつい送り迎えしてしまう…。

我が家の場合、そうした安全のための
コストは、かなり高くついている。
なにしろ子どもの習い事に合わせるから、
仕事も十分にはできない。
その損失も安全のためのコストだし、
時間のないときにはタクシーを
利用せざるを得ない事だってある。
防犯ブザーはもちろん、
娘に買うなるべく肌を露出しない
地味めの洋服も、そうでないものより
割高だったりする。理由は不明だけど。

社会はもっとコストがかかる。
やれ監視カメラだ、街灯だ、
集団登校の付き添いだ!と、
それはそれは大変。

で、問題はこれらのコストを
誰が負担するのかということ。
例えば、環境税というのがあるけれど、
それは環境を脅かす財に対して、
環境を維持・回復するためのコストを
付加しようというものである。
環境税には、2ついいところがあって、
まずひとつは環境を脅かすものを
必要とする人に対して、
責任を取ってくださいよ、と直接
お金を徴収できるところ。
なんとも理にかなっている。
もうひとつは、環境税が付加されて、
買うために必要なお金が多くなると、
そこまで支払ってまでも…と、
買う人が減るという、
抑制効果があるところである。

で、考えてみた。
自然環境を守るための環境税なら、
じゃあ、社会環境を守るための
社会環境税があってもいいじゃないか!
って。
 
それで社会環境を脅かすもの、
そう有害図書や有害ビデオ、
有害サイト…に社会環境税を課して
すごく高くしちゃうのだ! 
個人がインターネット上に有害情報を
公開しても税がかかる。どうだ!

これで監視ビデオも取り付けられるし、
児童の送り迎え専門の人を雇うことも
できるかもしれない。
高額な税を払ってまで有害情報を買う人も
少ないだろうから、抑制効果もある。
完璧だ!

でも…。有害情報が子供たちの安全を、
そして社会環境を脅かしているという
証明が不十分だったりする。
有害情報だけで満足する人もいるのに…
という反論もあるだろう。
行き過ぎれば、言論の自由はおろか、
すべてが有害視されて、
この「鉄拳日記」まで税が課せられて、
そう、まるで星新一か安倍公房が
描きそうな恐怖政治の世界にまで
行きつくかもしれない!
第一、どの程度の有害情報が、
いくらの安全回復のための費用になるのかも、
数値化できるものじゃない。

こう考えると、社会環境の回復は、
自然環境の回復より、ずっと難しいこと
といえるのかもしれない。
そんな貴重な安全という資源を、
今失いつつある…というわけだ。
失ってわかる親と“環境”のありがたみ…。
親としては、子どもに危機管理教育を
するとともに、安全のためのコストを
負担し続けるしかないのかなぁー。
はぁ…(ため息)。
さてと、息子を迎えに行くとするか!